KARATE-ISHIN.COM
ホーム 空手維新 コース紹介 空手維新 EVENT&NEWS 空手維新 BBS 空手維新 BLOG 空手維新 指導員紹介 お問い合わせ 空手維新 SITEMAP
空手維新 EVENT&NEWS
ホームEVENT&NEWSHISTORY>第3回 タイでムエタイ編「タイ、タイ、タイ!」

 
■第3回 タイでムエタイ編「タイ、タイ、タイ!」
 なぜか三流商社に務め、ほとんど毎月のように海外に行くようになった僕ですが、何を隠そう、最初の海外旅行は、タイなのです。しかもムエタイ修行というスポコン漫画顔負けの理由でした。今から11年くらい前の事になりますが、これで僕の人生のある程度は決まったといっても過言ではありません。これは、格闘技に関わらず、人生という意味もにも当てはまります。 ちなみになぜ、2回目がなくて3回目なんだと思われると思いますが、深い理由はなく、なんとなく先にタイのことを書いしまったからです。

 21歳の僕はあることに失望し、挫折し日本を出国しました。今振りかえるとある海外逃避のようなものかもしれません。(ちなみに宗教や反社会的な行動ではありません。勿論女性に振られた訳でもありません。)
”元祖 パーフェクト”イワン・ヒポリット
タイでムエタイ編01  当時は、日本とタイとの間には物理的な距離以上に感覚的にはかなり遠い印象があります。僕のこの時の飛行機会社はフリッピン、タイ経由のエジプト行きエジプト航空のチケットで、機内には、所謂ジャパ行きさん、ヤクザ系の方、アンダーグランド系、やたら興奮気味の中年男性の方が多く怪しい感じでした。ここ2、3年タイに行くと若い日本人女性のグループが多いのですが、当時は、少なくとも、エジプト航空には若い女性は皆無でした。勿論、バックパッカーも少なかった気がします。これは格闘技的にも同様で 僕の前後にタイに行かれたキックボクサーの次の世代あたりからタイ行きが頻繁になった気がします。ムエタイ自体が日本のキックと身近になったような気がします。

 ほぼ同時期にタイにいたのは、主に山木ジムの選手が多く、大道塾の選手も比較的多かった印象があります。当時は、空手はキックはまったく別々のフイールドに存在しており、まったく別の格闘技だった印象があります。今以上に格闘技界が混沌としていたのではないでしょうか、



 オランダのキックボクサーが頻繁にタイのリングに登場し、ラモンデッカーのタイトルマッチピーターシュミットがチャンプァを失神させたのも同じ時期でした。

 日本人の活躍もこれに負けじと盛り上がっており、特に室戸みさき選手の活躍は今でもマニアなタイの日本人の間で有名です。当時のタイのことは日本の雑誌でも掲載されませんでしたが、多くのキックボクサーが打倒タイに向けてがんばっていたのは事実でした。僕個人も日本のキックボクサーでベストだと思うのはワンダーマン室戸選手と山本アキラ選手です。この二人のテクニックは今でも素晴らしいと思います。この少し後にタイで練習されたのが山口元気選手だと思います。何かの雑誌の山口選手が「当時のジムでは、日本チャンピョンはタイで試合できるパスポートのにすぎなかった。」と述べています。

 空手維新では2、3年前にワンダーマン室戸選手と山本選手が所属しているという理由で東金ジムで夏季練習(合宿)をさせて頂いた事がありました。(残念ながら、ちょうどお盆でジムに選手はほとんどいませんでした。) タイに到着し、早速ソーワラピンジム、ムアンスリンジム、パーパランジム幾つかのジムを回りました。他のジムは名前さえ忘れてしまいました。

 この時に僕はムアンスリンジムでいきなり行方不明になるという離れ技をしでかし、一緒にいた日本人の方に捜索されると言う事がありました。本当は買い物をしていたら道が分らなくなっただけですが、結局、バイクタクシーでムアンスリンジムに戻ると一緒にいた日本人が捜索しているとのこと。ジムには港太郎になる前の田代選手がジムで寝止まりしていて、部屋で待たせてもらいました。港太郎さんとはマイクタイソンの話をし、タイソンだったら象でも倒せるかなと不思議な会話をしたのを覚えています。当時の最強はヒクソンやカレリンではなくマイク・タイソンでした。

 さてこれからどのジムで練習するかを決めなければならなかったのですが、僕はなんとなくジムの感じが楽しそうだったからという理由でソーワラピンジムに決めました  これは当時ボクシングでタイランカーだったラタナポンが縄跳びをマイクにタイソングを歌っているのを見て楽しそうだったからです。(自分でいうのもなんですがふざけた理由ですね。)真面目な理由としては当時ラジャのフェザー級チャンピョンだったラジャサック・ソーワラピンのミット蹴りを見て、その凄さに驚かされたのも本当です。

 僕がタイ行きを決めたのは、知人から全盛期のチャモアペットとディーゼルノィのミット蹴りのビデオを見せてもらった。これは衝撃的でした。人間凶器としか言いようのないヒザの鋭さ、ムチのようなミドルキック、そして全身の殺気はこれまで見たことのないものでした。まさしく本物としかいいようがなく、今までの蹴りはなんであったかとその存在意義を疑うほどでした。このビデオがタイ行きの原因であり、ムエタイへの始まりでした。

 ソーワラピンジムは外国人のバックパッカーの多いカオサンにあるため、ムエタイのローカルらしさはあまりなく、比較的外国人慣れしたジムでした。そのため、ジムのトレイナーも単語ぐらいは理解でき、意思の疎通がしやすいという利点があります。このジムのメイントレイナーのジッテイさんは英語は勿論ある程度の日本語もできます。以前に日本の山木ジムにもいたそうです。

 本格的にタイでやろうと思われている方は、絶対にタイ語ができるようにならなくてはなりません。そのためにもできるだけ若い時期に16‐17歳ぐらいにタイに来て本格的にムエタイに取り組まなければ、やはりトップを狙うことはできないと思います。やはり強くなりたければ、いい意味で指導者にかわいがられることだと思います。これは日本でもタイでも同じで、媚びを売ることはなくても、やはり好かれなくては良い人間関係を築けません。格闘技以外でも教わることがうまい人は、上達が早く人から好かれやすいのではないでしょうか、(また一面では、指導者の人格にもよりますが、)

当時21歳の僕にとってはやはりムエタイは衝撃的でした。
タイでムエタイ編02  基本的な練習の流れは、まず、ゆっくりとバンテ−ジを巻き始める。(ここのゆっくりがタイのポイントです。)何処からか流れてくる甘ったるい、早いか遅いか分らないタイミュージックがさらにやる気をそぎます。(ここのそぐがポイントです。決してこれからやるぞ!という気にはなりません。)おまけに近所からは料理中のタイフードの独特の匂いがやる気のなさに拍車をかけます。ちなみに2、3回の練習では上記要素は全て異文化への憧れになり、タイに来たという実感とともに気分をハイにさせ"やる気をださせます。しかしこの効果は個人差もありますが一週間でまったく逆の効果に、つまりやる気がやる気なさに変化していきます。そして少しばかりの柔軟体操をし、縄跳び用のロープを取ります。そして縄跳びです。基本的に何ラウンドやると決められていないので、これもダラ、ダラと飛びます。少し縄跳びを飛び始めると気持も盛り上り、ただでさえ熱いのに更に熱くなり、見上げると太陽が燦燦と足元のアスファルトを照り返します。
  そしてシャドーに入ります。これもラウンドが曖昧なので、適当なシャドーです。(こう書いているとかなり適当でいい加減なように感じますが、かなり日差しが熱いので動くだけでかなり体力を使います。)これは日本人のみならずタイの選手も同じでだらだらと練習しています。ちなみにどうだれているかというとまず近くの人をオーイ!と言いながれ蹴ります!痛がると連打のミドルがオーイと共に追い討ちされます。ちなみにこれを蹴り返すとマススパーが始まります。

 さてトレイナーはミットを手に、腹にベリーロールを、スネにサポーターの完全装備で身体の温まりかけた者やたまたま近くにいた者など手当たり次第に、ミット打ちの始まりです。これが練習のメインといっても過言ではありません。 ちなみにこれが他のジムだと試合の近い選手やジムの有望な選手がメインのため、試合のない日本人練習生は、ミットも持らえないケースも少なからずあります。これはムエタイが練習費をとらない変わりにファイトマネーをジムに納めるからです。そこからいくらかが選手に行きますが、日本のようにパーセンテージで決まってはいません。  基本的には試合のない選手はジムにとっては収入もなく相手にされなくなります。あるいは負けの続いた選手も試合も組んでもらえず、当然ミットも持ってもらえません。そして何時の間にかにジムからいなくなってしまいます。これがムエタイのシビアなところです。

蹴り込む蹴りが、叩きこむパンチが、その人の存在理由であり、価値観の全てなのです。人間的に優れているから、人がいいから、あるいは頭が良いからなど、強さ以外の理由は必要とされません。
タイでムエタイ編03
タイでムエタイ編04
タイでムエタイ編05
 やはり外人のいないタイのジムで練習をしたいという日本人キックボクサーもいましたが、ミットも時々しか持ってもらえず、毎日をシャドーとサンドバックで2、3ヶ月過ごしたと聞きました。これでは精神的に強くはなりますが、日本での練習と変わらなくなってしまいます。それほどタイでやるということはシビアなことなのです。

一方、ソーワラピンジムは約半分がタイの選手、半分が外国人練習生です。練習費が高いかわりに外国人でも必ずミットを持ってくれます。これがこのジムの長所です。ただ近年はソーワラピンジムがジッテイジムとソーワラピンジムに分れてしまい、カオサンにあったジムは主に外国人がメインのジッテイジムになってしまいました。ソーワラピンはムエタイジムとして他の場所に移動しています。(こちらはタイ人がほとんど) 90年頃に僕がジムで練習した頃が、タイ人現役選手も、外国人も一緒に練習できていい環境にあったと感じます。

さてこれからミットトレーニングに入りますが、なぜか当時は1ラウンドが4、5分ありました。確か、ゴングやタイマーもなくトレイナーが時計を見ながらのラウンドでした。これが3Rから始まり、最後には5Rまで続きます。こんなにきついことがこの世に存在するかと思う程、苦しくて厳しい練習でした。  僕は空手出身なのでハデな技が得意で、(これはタイ人はあまりできないので、)飛びひざ蹴り、飛び後ろ回し蹴り、ハイキック、バックエルボーとこういった大技のオンパレードとなります。これはやったことがある人は分ると思うのですが、こういう技は普通の蹴りの3倍くらい疲れます。頭のなかではなぜタイでローリングソバットをしなければならないのかと思いますが、命令は絶対です。特にギャラリーが多いときはこういう見栄えのいい技をやらされるので、1、2回は調子よく気分もいいのですが、後は地獄でしかありません。頭はくらくらするし目は回るし、こんなに苦しいことはありません。動きが止まり始めると"ヒジ!と普通の技に戻してくれます。ようやくここで休めると(内緒で)自分でも分るほどの力のないヒジをだし休もうとしますが、これを見過ごしたがごとくに、いきなり、キックミットが顔面を襲います。これでかなりくらくらしますが、ここで止まると追い討ちの前蹴りで吹っ飛ばされます。本能で身体を動かします。そしてヒザの声です。ああ、ああ!と訳の分らない声をあげてヒザをだしますが、力が入りません。最後にミドルあたりを蹴りミット終了です。(写真の様に攻めてきます!)

 身体はオーバヒート状態で、頭の中は、水、ミズ、みずしかありません。
このミットも2、3回の練習だとすごく楽しいのですが、僕の場合は短いほうでしたが一月半ジムで練習したので、今日もミットか、とそればかりが頭に浮かぶようになりました。ミットが終わると気分はとたんに晴れやかになります。
 今年の2月にタイに行きましたが、その時NJKFで活躍する上州松井ジムの狩野選手と少し話ができました。彼もタイにいると毎日ミットが頭に浮かぶと10年前の僕とまったく同じことを語ってくれました。
 やはりミット持ちの技量が素晴らしく限りなく実践に近いミットトレーニングとなります。前述したように疲れ始めガードが下がりかけるといきなりミットやミドルキックが襲ってくるため苦しくても自己防衛本能でガードできる様になります。

 ムエタイの練習を通して実感させられたのは、ムエタイは反応力の格闘技だということです。ある意味ではコンビネーションという攻撃はムエタイには存在しません。語弊もあると思いますが、ムエタイのコンビネーションは身体を反応させ、技が連携しているのであって一つ、一つの技が結果的に継続することにより、コンビネーションとなります。特にミット打ちでこの反応力が研ぎ澄まされます。これとは逆の思考方法がオランダスタイルで幾つかの技をコンビネーションとして一つとしています。反応ではなく形態としてのコンビネーションとなります。これは反応力が無くても(低くても) 幾つかの技をコンビネーションとしてマスターすることにより反応力を高めることになります。説明が難しくなり、哲学のようになりますが、詳しく知りたい方は、練習に来て下さい。実際にミットで見て理解すると簡単です。

哲学の答えや真理が一つではないように、格闘技の答えも一つではありません。
タイでムエタイ編06  ただ、現実的にどちらがいいかというと、思考以前の問題になりますが、個人の反応力の優劣にあると思います。現実的に空手維新の現在の練習はオランダスタイルで指導していますが、プロの選手にはムエタイスタイルの反応力を要求しています。理想は反応力があり、コンビネーションのある選手が最高だと思います。

 さて、練習に戻ると水を飲み、いくらか生き返るとタイ人がニヤニヤしながらミドルを蹴ってきます。オーイ!と自分で声を出しながらヒザ蹴りと、これでマススパーが始まります。ちなみに手に薄いグローブだけでスネにサポータはありません。強いタイ人はきちんと加減してくれますが、中には意地の悪い選手も外人をいたぶるタイ人もいます。これは先程説明したように反応力の練習で、軽いスパーを数多くこなす事により、自然と反射神経や技のタイミングが良くなります。テクニックの練習となります。日本では余りやらない練習で、リラックスしながら遊んでいるかの様に見えます。緊張するとどうしても反応力が落ちてしまうからです。
 そう言えば、今年タイに行った時に面白いことがありました。ランカーの選手とライトスパーをしたのですが、こちらも前よりムエタイを理解しているし、ある程度のテクニックの自信はありました。1ラウンド、わざと変則的に動き、ペースを掴ませません。タイミングをずらし、何度かいい攻撃が入りました。少し焦り気味の相手にやったぜと内心喜びます。

 そして2ラウンド、この調子だと思い攻撃すると、あれ、タイミングが合いません。今まで当たっていた攻撃が次第に当たらなくなるのです。まさかと思いながら1ラウンド目と同じコンビネーションで攻撃しますが、当たりません。今度は相手の攻撃が自分に当たり始めます。やばいと思いつつ2ラウンド目が終わりとなります。そして3ラウンド目、今度は自分の攻撃がまったくと言えるほど当たらず、相手のカウンターだけが当たります。次第にコーナーに追いつめられ、足が止まり、ヒザ蹴りが来ます。

 分っていただけたでしょうか、すこしオーバーには書いてますが、これがムエタイの凄さです。相手の技を反応力でみきり、相手の蹴りや、パンチを打つ時の癖を把握しその上で相手の弱点を攻め、自分のぺースを作り攻めていきます。強いから勝つのではなく(あるレベルではそうですが、)相手の力量を見切りその上で勝つ戦略を立てるから強いのです。しかもトップ同士の試合だと互いのレベルが高すぎるので互いに負けない様にポイントの取り合いになります。これがシーソゲームとなりギャンブルマニアには堪らないのですが、KOもなく、一般的なファンにはまったく面白くありません。ここが競技やスポーツとしてのムエタイのマイナーさといえるのではないでしょうか。

 ジムでの練習はこの後、定番の首相撲となり、補強として腕立て、腹筋、背筋のフルコースで5時過ぎになり、約3時間の練習が終了となります。

世界王者とスパーリング
 この当時のジムでの思い出は、突然、小さいタイ人が汚いバンテージを差出し何かを僕に言ってきました。バンテージといっても白い綺麗なものではなく、色の変色した紅白幕のようなものを切りバンテージ型にしたものでした。しかしタイ語なので何を言っているのか分らず困っていると山木ジムの松田さんが通訳してくれました。 「バンテージをどうしろといっているのですか?」と僕。
「いや、バンテージをあげるから、スパーリングをしようと言っているですよ」
「えっ?」
目の前に差し出されるバンテージそんなものは欲しくないけれど、ここで断わると空手道に反するなという思いと敵に背を向けるのかという大山倍達大先生の声が頭に浮かびました。 「いいですよ!」と僕。
小さいタイ人、ラタナポンはようやく見つかったスパーリングパートナーに大喜びしている。ただ通常のライトスパーとは感じがことなり、ラタナポンの回りには3人のタイ人トレイナーが真剣なまなざしで同様に頷いていました。
 軽くスパーを受けた僕ですが、ただならぬジム関係者の表情に少し焦りかけるとジムのトレイナーがタイオイルを塗りマッサージを始めました。こんなに親切にしてくれたのはこれが最初で最後でした。
タイ語のできる松田さんによく話しを聞くラタナポンはタイのボクシングのランカーでタイトル戦前に、調子を見るためジムの関係者がスパーを見てみたいということでした。ちなみにタイの選手は誰もやりたがらず、しょうがなくバンテージを餌にスパーリングでぶち倒す相手を探していたとのことです。
「松田さん!それを先に言ってください!」と僕、すでに後の祭りでした。
 スパーリング自体は、なんとか、ラタナポンの攻撃をかわし、攻めることは出来ませんでしたが、ある程度、いい勝負にもちこめました。僕の方が7-8KGウエイトが重いかわりに、僕はグローブでのフルスパーリングはこれが初めてでした。このスパーリングでの経験として、今まで自分がやってきた空手のペースで戦えばある程度はやれるということでした。いい意味で相手のペースに合わせず、自分のやり方で動けば、攻められなくても、逃げられると事を学びました。ただしムエタイの試合では不可能ですが、実戦としては、有効です。これはいい勉強になりました。ただラタナポンはかなり悔しそうでしたが。  ラタナポンは、そののち見事にIBFの世界チャンピョンを獲得し、長期間タイトルを防衛し続けました。彼からもらったバンテージは、今でも、ヒクソングレイシーのテーピングとともに世界王者ラタナポンのバンテージとして自宅のタンスの中に(多分)保管されています。また、なぜヒクソングレイシーのテーピングが我が家にあるのかは、今後の格斗コラムで解明させたいと思います。

果たせぬムエタイへの挑戦!
 さて、日本への帰国まで数日後の練習でのことです。ジッテイさんが練習後、ルンピニーで試合をしないかとオファーしてくれました。これはキック初心者の僕にとっては驚きの反面嬉しい言葉だったのですが、もうすでに帰国の日まで2、3日しかなく、「NEXTTIME! THANKYOU!」と笑って答えるしかありませんでした。タイで試合できる!当時の僕には嬉しいことでした。一つの評価を得られた気がして自分自身への自信になりました。結局、予定通り帰国し、僕のムエタイデビューはなりませんでした。しかしムエタイのリングに立ちたいという思いがずっと頭に残り、これがフルコンタクト空手、格闘マガジンK主催のムエタイチャレンジにつながることになりました。実際にはルンピニーではなくパタヤの非公式の試合ですが、僕がムエタイのリングに立つのは、なんと8年後の1998年となってしまいました。我ながらしつこい性格だと思いますね。このムエタイチャレンジでの経験や試合については、いつかこのHPで発表したいと思ってます。

約1ヶ月半の短いムエタイ修行でしたが、僕にとっては物凄く有意義で濃密な時間をタイで過ごせました。またずっとミットを持ち指導してくださったジッテイさんには「きっと日本で空手の王者になります」と宣言し帰国しました。この後、ジッテイさんとの師弟関係も僕のムエタイチャレンジに絡みあっていくのですが、これは後日のムエタイチャレンジ編にまとめたいと考えています。

さて、知る人ぞ知るジッテイジムとは?
これは2000年の最新情報です。 ジッテイジムは、タイ、バンコクの安宿街で有名なカオサンにあり、ここでは、初心者からプロの選手まで、希望者は本場のムエタイを気軽に学ぶことができる。(費用は、一日約500―600円程度)

ジッテイ会長は、16歳でデビューし、ムエタイ選手としては75戦40から50勝し、(本人も分からない。)ルンピニー級5位ラジヤでは2位とトップランカーとして活躍する。その後、フランス、ドイツ、スイスやベトナムでもムエタイ選手として海外 強豪選手と対戦し、無敗の成績を修める。

日本で活躍するキックボクサーで、彼に指導を受けた選手も少なくはないであろう。90年代始めにはあのワンダーマン室戸、山本アキラ、港太郎という日本のみならず、タイでも高い評価をうけた名選手を指導し、近年は、アタル選手を始め日本人や 多くの外国人選手を指導されました。

これまで多くの日本人を指導してきた同氏は、なぜ、日本人は、タイ人に勝てないのかという質問に、まず、タイ人には幼い頃からの経験があり、次に日本人には勝利に対するハングリーさがないと述べた。

皆さんもタイに行かれることがありましたら、同ジムを見学してみて下さい。

JITTI GYM のホームページは下記になります。

http://www.jittigym.com/
backnumber>>
↑このページトップへ戻る